ある程度,特に今考えていることについては事情もあることでもあり,
あらゆる予想を全く裏切られたことやその圧の高さを鑑みれば,仕方のないことなのかもしれないけれど,
明らかにそれとわかる,自分以外の誰かの考え,とか,価値観が,
自分の中に息づいているのをみるのは,ほんとうにほんとうに,気持ち悪い.
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Sunday, 5 February 2012
Thursday, 2 February 2012
the name of the choices
まあ今日はええかなぁと思ってたんやけど,思い直して.お風呂に入ってて思いついたのを思い出したから.
例によってお風呂の思いつきそのままなので全く必然性のない例えになっている.
あと,ゲーム理論とかを考えてたわけでは別にない.
あとちょっと急いでるから推敲の行き届かないことは甚だしく,遺憾である.
あなたはある部屋に拘禁されている.悪霊(なりなんなり,何でも好きなの)が来て言うには,
この状況で何を選ぶべきかは置いておいて,単純に直感的な印象を感じておこう.
さて,この与えられた選択肢は次の選択肢と基本的には変わりがない.
あなたはある部屋---左右に 1つずつドアがある---に拘禁されている.
悪霊(なりry)が来て言うには,
前のと後のではなんとなく,それぞれの選択肢について受ける印象が違わないだろうか.
ごく直観的にね.どっちを選ぶのがいいか,という実際的な問題とは別に.
案外自分の中で,選択肢になんとなく「名前」をつけたり,
タグみたいなものをひっつけてしまって,無意識のうちに clear でない形にしてしまったりしてる,
ことも結構あるのではないかなぁ.
外部からの話やと単純な印象操作とか literacy の話になる感じもするけど,
自分の脳内でそういうことしてるときもあるでしょう.
だからそういう時には多分,「書く」こと「話す」ことが効いてくるのではないか,という,
ごく凡庸な話に終わるのでした.
例によってお風呂の思いつきそのままなので全く必然性のない例えになっている.
あと,ゲーム理論とかを考えてたわけでは別にない.
あとちょっと急いでるから推敲の行き届かないことは甚だしく,遺憾である.
あなたはある部屋に拘禁されている.悪霊(なりなんなり,何でも好きなの)が来て言うには,
「 もう 1つの部屋にもう 1人を捕まえてある.お前とは何の接点もない人間だ.
君たちのうち誰が死ぬかを君たち自身に決めさせてやろう.
お前たちはそれぞれ「自分を殺せ」か「あいつを殺せ」かどちらかを選んで私に告げろ.
勿論相談はできない.
片方が「自分を殺せ」,もう片方が「あいつを殺せ」 と言ったら,そのとおり,
自分を殺せと言っている方を殺すことにしよう.
もし両方が「あいつを殺せ」と言ったなら,そのとおり,
両方を殺すことにしよう.
ただもし,両方が「自分を殺せ」と言ったなら,
その自己犠牲に免じてふたりとも助けてやる.」
この状況で何を選ぶべきかは置いておいて,単純に直感的な印象を感じておこう.
さて,この与えられた選択肢は次の選択肢と基本的には変わりがない.
あなたはある部屋---左右に 1つずつドアがある---に拘禁されている.
悪霊(なりry)が来て言うには,
「もう 1つの部屋にもう 1人を捕まえてある.お前とは何の接点もない人間だ.
君たちのうち誰が死ぬかを君たち自身に決めさせてやろう.
お前たちはそれぞれ,この部屋のどちらかの扉から外に出なさい.相談はできない.
片方が右から,片方が左から出たら,右から出た者を殺すことにしよう.
もし両方が左から出たら,両方を殺すことにしよう.
ただもし,両方が右の扉から出たら,ふたりとも助けてやる.」
前のと後のではなんとなく,それぞれの選択肢について受ける印象が違わないだろうか.
ごく直観的にね.どっちを選ぶのがいいか,という実際的な問題とは別に.
案外自分の中で,選択肢になんとなく「名前」をつけたり,
タグみたいなものをひっつけてしまって,無意識のうちに clear でない形にしてしまったりしてる,
ことも結構あるのではないかなぁ.
外部からの話やと単純な印象操作とか literacy の話になる感じもするけど,
自分の脳内でそういうことしてるときもあるでしょう.
だからそういう時には多分,「書く」こと「話す」ことが効いてくるのではないか,という,
ごく凡庸な話に終わるのでした.
Wednesday, 1 February 2012
writing
書く,というのは不思議なもので,伝達とか記録とか以外にも
書いたものを相対化するのに役だったり,はっきりした認識を得るのに役だったり,
ごちゃごちゃした知識を整理したり,いろんな面で働きを見せる.
多分(例えば歴史的に見て,)字を持つ人々と字を持たない人々の間では,
世界認識とか考え方に結構な差異が生まれてくるんじゃないかなぁ.
先ほどの post の直後になぜこんな事を突然言い出したかというとそれはごく単純で,
外出とか書いたら急に外に出て川とか眺めたくなったから.
生来の(?)出不精がこれをものすごい勢いで阻んでいる.
追記:出不精はむしろ習慣とかそういうところから来るんでしょうなあ.
書いたものを相対化するのに役だったり,はっきりした認識を得るのに役だったり,
ごちゃごちゃした知識を整理したり,いろんな面で働きを見せる.
多分(例えば歴史的に見て,)字を持つ人々と字を持たない人々の間では,
世界認識とか考え方に結構な差異が生まれてくるんじゃないかなぁ.
先ほどの post の直後になぜこんな事を突然言い出したかというとそれはごく単純で,
外出とか書いたら急に外に出て川とか眺めたくなったから.
生来の(?)出不精がこれをものすごい勢いで阻んでいる.
追記:出不精はむしろ習慣とかそういうところから来るんでしょうなあ.
Sunday, 22 January 2012
untitled
もう番号数えるの面倒くさい,というわけではない.
いやまあそうなのだが.
前やったときは untitle 辺りまで打った時点でこれまでの記事名が suggest されたのだけれど,
今なんかそうしてくれないので,過去に何番まであったかわからない.
幾つかメモ.
多分「一生の間,定期的に問い続けているといい問」というのはあって,
こう,「今の君にとって,死ぬ時に,自分の人生に価値があった,といえるかどうかの判断基準は」とか,
「これから先のことを考えずに今の瞬間だけ考えたら,したいのはなにか」
とか,
「十年後までに何を成し遂げて,その時に何をしていたいか」
とか.
こういうことは,多分定期的に考えて,それをどこかにメモって,
繰り返し,繰り返し見つめながら生きていくと,いいのかもしれない.
これとは全く別の話で,単純に記憶の依代,というか,
現在の自分を,断片的にであってもどこかに保存しておきたい,というのはずっと思ってることで,
一般的に言っても,日記のモチベーションも,タイムマシンが望まれるのも,一部はそうなのかもしれない.
未来にはいけないし,自分は陰から見るだけで,決して本人と接触をとってはいけない,となっても,
タイムマシン欲しい人はいるのではないだろうか.
で,そういう目的なのだけれども,だいたい一週間ごとに,
「今週食べた一番美味しいごはん」とか「今週一番聞いた曲」とか,「今週の発見」とか,
そういうどうでもいいことを,書き連ねて残すといいのじゃないかなぁとか思ってる.
(別に「こういうことを書き連ねることで一日一日を大切に生きられます!!!!」
みたいな意識の高さとかではないし,そもそもそこまでの狭義非リアでもない.)
最近自分がまさにこの blog を web log として使ってるのかも,という気がしててなかなか気に入ってるので,
こういうのを実際にやってみるかも.
因みに,ここ一週間で一番良く聞いた曲は間違いなくこれですかね.
いやまあそうなのだが.
前やったときは untitle 辺りまで打った時点でこれまでの記事名が suggest されたのだけれど,
今なんかそうしてくれないので,過去に何番まであったかわからない.
幾つかメモ.
多分「一生の間,定期的に問い続けているといい問」というのはあって,
こう,「今の君にとって,死ぬ時に,自分の人生に価値があった,といえるかどうかの判断基準は」とか,
「これから先のことを考えずに今の瞬間だけ考えたら,したいのはなにか」
とか,
「十年後までに何を成し遂げて,その時に何をしていたいか」
とか.
こういうことは,多分定期的に考えて,それをどこかにメモって,
繰り返し,繰り返し見つめながら生きていくと,いいのかもしれない.
これとは全く別の話で,単純に記憶の依代,というか,
現在の自分を,断片的にであってもどこかに保存しておきたい,というのはずっと思ってることで,
一般的に言っても,日記のモチベーションも,タイムマシンが望まれるのも,一部はそうなのかもしれない.
未来にはいけないし,自分は陰から見るだけで,決して本人と接触をとってはいけない,となっても,
タイムマシン欲しい人はいるのではないだろうか.
で,そういう目的なのだけれども,だいたい一週間ごとに,
「今週食べた一番美味しいごはん」とか「今週一番聞いた曲」とか,「今週の発見」とか,
そういうどうでもいいことを,書き連ねて残すといいのじゃないかなぁとか思ってる.
(別に「こういうことを書き連ねることで一日一日を大切に生きられます!!!!」
みたいな意識の高さとかではないし,そもそもそこまでの狭義非リアでもない.)
最近自分がまさにこの blog を web log として使ってるのかも,という気がしててなかなか気に入ってるので,
こういうのを実際にやってみるかも.
因みに,ここ一週間で一番良く聞いた曲は間違いなくこれですかね.
Tuesday, 10 January 2012
browser
今ふとこの blog の stats をみたら browsers 欄に Netscape が一件.なかなか.
ブラウザ といえば,先代のPCで動いてた IE 8 は動作がやたら重くて使いづらく,
当時はできるだけ IE 英語版使いつつ, safari, chrome を併用というふうに使ってた.
IE 9 になると動作がぐっと改善しましたね.
しばらくは英語版をダウンロードして IE9 を機嫌よく使ってたのだが,
物は試しと他のブラウザにもいろいろ手を出してみた.
使ったことあるのは IE, safari, chrome, opera, firefox.
今のメインブラウザは firefox です.
基本的にまず重要なポイントは,言語設定をインターフェイス含めて英語に出来るかどうか.
やっぱり日常触れてるというのはちっさいようで大いに影響があるもので,
細々したところに英語を入れ込むというのは中学校の時から心がけてきた.効果は実感的にある.
gmail, twitter, browser など,できるかぎり英語環境で使い,
google 検索も優先言語を英語にしておくと,何気なく "facebook" でぐぐっても
英語版が一番上に出てくるように.強制的にどっかで英語に触ってたいというのがもともと.
ずっとそれできたので,最近はもはや慣れ,というか,日本語があると気持ち悪い感じがする.
最近は英語力もある程度ついたから,iPad, twitter, gmail の言語設定は仏語.
で.
Safari はどうも言語設定を OS のそれに合わせてしまうようだ(違ったら教えて下さい).
Mac だと言語設定変えられるようだが, windows では生憎言語パックを買うはめになる,らしい.
このいかにもスタイリッシュなデザインは惜しいんやけどなぁ.
chrome は言語設定を変えられるが,英語とかにしたときに漢字の形が微妙に崩れる.
なんというか中国語っぽい字体に.
というわけで上の2つは少なくともメイン使いにはならない,と.
opera, firefox はどっちも諸語に対応してて,使い心地もいい.
bookmark やキーボードショートカットについては opera が秀でてる印象.
スクロールしていくと自動で次のページに行ったりもしてくれたはず.
が,これらはまあ,僕にとってはそんなに要らないかなぁって感じ.
よく使うサイトはアドレス覚えてて alt + d で手打ちするし.
IE も 9 になると個人的には他のに匹敵する使い心地を持っているが,
ウィンドウ縮小した時の表示がちょっと見づらいことがあった気がする(?)
あと,デザインが,ちょっと,好きじゃない.
結局僕のメインブラウザを firefox にしたのは,
1) アイコンのデザイン
2) 色々変えられる appearance
ですね. 2)が特に重要. opera にはまた戻るかも,やけど.
デスクトップの壁紙とかもだいたい月一くらいの頻度では変えてる位なので,
デザインをささっと変えられるのは嬉しい.今使ってるのは Inverted Black and White ってやつ.
あなたはどんなブラウザをお使いでしょうか.
そして(例によって)未来の自分はどういう基準で,どのブラウザを選んでいるのでしょうか.
ブラウザ といえば,先代のPCで動いてた IE 8 は動作がやたら重くて使いづらく,
当時はできるだけ IE 英語版使いつつ, safari, chrome を併用というふうに使ってた.
IE 9 になると動作がぐっと改善しましたね.
しばらくは英語版をダウンロードして IE9 を機嫌よく使ってたのだが,
物は試しと他のブラウザにもいろいろ手を出してみた.
使ったことあるのは IE, safari, chrome, opera, firefox.
今のメインブラウザは firefox です.
基本的にまず重要なポイントは,言語設定をインターフェイス含めて英語に出来るかどうか.
やっぱり日常触れてるというのはちっさいようで大いに影響があるもので,
細々したところに英語を入れ込むというのは中学校の時から心がけてきた.効果は実感的にある.
gmail, twitter, browser など,できるかぎり英語環境で使い,
google 検索も優先言語を英語にしておくと,何気なく "facebook" でぐぐっても
英語版が一番上に出てくるように.強制的にどっかで英語に触ってたいというのがもともと.
ずっとそれできたので,最近はもはや慣れ,というか,日本語があると気持ち悪い感じがする.
最近は英語力もある程度ついたから,iPad, twitter, gmail の言語設定は仏語.
で.
Safari はどうも言語設定を OS のそれに合わせてしまうようだ(違ったら教えて下さい).
Mac だと言語設定変えられるようだが, windows では生憎言語パックを買うはめになる,らしい.
このいかにもスタイリッシュなデザインは惜しいんやけどなぁ.
chrome は言語設定を変えられるが,英語とかにしたときに漢字の形が微妙に崩れる.
なんというか中国語っぽい字体に.
というわけで上の2つは少なくともメイン使いにはならない,と.
opera, firefox はどっちも諸語に対応してて,使い心地もいい.
bookmark やキーボードショートカットについては opera が秀でてる印象.
スクロールしていくと自動で次のページに行ったりもしてくれたはず.
が,これらはまあ,僕にとってはそんなに要らないかなぁって感じ.
よく使うサイトはアドレス覚えてて alt + d で手打ちするし.
IE も 9 になると個人的には他のに匹敵する使い心地を持っているが,
ウィンドウ縮小した時の表示がちょっと見づらいことがあった気がする(?)
あと,デザインが,ちょっと,好きじゃない.
結局僕のメインブラウザを firefox にしたのは,
1) アイコンのデザイン
2) 色々変えられる appearance
ですね. 2)が特に重要. opera にはまた戻るかも,やけど.
デスクトップの壁紙とかもだいたい月一くらいの頻度では変えてる位なので,
デザインをささっと変えられるのは嬉しい.今使ってるのは Inverted Black and White ってやつ.
あなたはどんなブラウザをお使いでしょうか.
そして(例によって)未来の自分はどういう基準で,どのブラウザを選んでいるのでしょうか.
Sunday, 8 January 2012
page 8 of 366
やっぱりお風呂入りながらの考え事は捗るなぁ.
ほとんど意識を飛ばした状態で考え事ができて,
あちらこちらを見回しながら,びっくりするくらい «独り» で居られる.
うかうかしてると湯気と一緒に考えも飛んでいってしまうんですけどねー.
ほんとに自分が好きなものを見極めるのは難しい.
でも最終的には,その中から選択をしなければならなくて,
選択というのは可能的に存在したほかの選択肢を捨て去ることに他ならない.
「選ぶ」んじゃなくて,「捨てる」.そうやって人は生きていくんだといっていたのは,誰だったか.
いずれにせよ,こんなことを今更リアルに感じ始めた自分の未熟さには,ただただ恐れ入る.
そしてもうひとつは,「ほんとに好き」っていうのと,「一生をそれに捧げたい」ってのは違う.
さらに「学生生活をそれに捧げたい」ってのと,「一生捧げたい 」ってのも違う.
ある学問分野を,どんなに好きであっても(それこそ,それが他の何よりも大きな楽しみであっても),
それをどんなに勉強したいと思っていたとしても,或いは自分がどれほど適性を持っていると信じようと,
一生をそれに,職業として向ける,というのはまた別の話.
例えばの話,理学が好き,こんなに楽しいものは他にないし,このためならどんな努力だってできる
と思ってたとしても(実際の職業選択とかよりはずっと単純化して話をするが),
一生理学の <勉強> だけして過ごすのを僕は望むのだろうか.
こんな事言うと怒られるかもしれないけれど,ある意味それってものすごく身勝手な生き方なのかも.
少なくとも僕にとっては,ある程度まではそう.
学問上の成果っていうのは,ある人の言葉を借りれば「神様にはわかってること」.
意識としては,どれほど独創的な成果であったとしても,
「僕(または他の誰でも)がそのことをやらなかったとしても,いずれ誰かによってそれはなされる」
と思ってる.真実は一つで,彼らが求めているのは真実に他ならないから.
だとすればやっぱり,僕にとっては,
もうなんというか今更感がひどいけど,これから.
お風呂の中ではもっと話は進んだけれどお風呂から上がって湯気に霞んでしまった.
あんまり長く書くのもねー.
文章書いてて面白いのは書いてる内容に自分が影響されること.
最初にお風呂でふわふわ考えてたことを写してみようと思っても,
文章にしていくうちに,ここでまた考えが少しずつ逸れていく.
それは自分の内面の別の部分が出てきてるのか,書いてるうちに新しくできた部分なのか,
は知らんけど,まあ,面白い.
お風呂上りにちょっと面白そうやったから,
bbc.co.uk からの A Point of View: Why didn't Harry Potter just use Google?
という記事を読みかけたけど,喉が渇いてたのに気がついて水を飲みに立ったら集中力が切れて
そのまま8割くらいのところで止まっている.また読もう.
「もの」を「ひと」に変えるとまたちょっと組み立つべき話が変わるだろう.
ついでに「違う」とか書いたのは無論,「一般的に等しいわけではない」ということで,
両者が一致する幸せなパターンも,存在する.多分.
ほとんど意識を飛ばした状態で考え事ができて,
あちらこちらを見回しながら,びっくりするくらい «独り» で居られる.
うかうかしてると湯気と一緒に考えも飛んでいってしまうんですけどねー.
ほんとに自分が好きなものを見極めるのは難しい.
でも最終的には,その中から選択をしなければならなくて,
選択というのは可能的に存在したほかの選択肢を捨て去ることに他ならない.
「選ぶ」んじゃなくて,「捨てる」.そうやって人は生きていくんだといっていたのは,誰だったか.
いずれにせよ,こんなことを今更リアルに感じ始めた自分の未熟さには,ただただ恐れ入る.
そしてもうひとつは,「ほんとに好き」っていうのと,「一生をそれに捧げたい」ってのは違う.
さらに「学生生活をそれに捧げたい」ってのと,「一生捧げたい 」ってのも違う.
ある学問分野を,どんなに好きであっても(それこそ,それが他の何よりも大きな楽しみであっても),
それをどんなに勉強したいと思っていたとしても,或いは自分がどれほど適性を持っていると信じようと,
一生をそれに,職業として向ける,というのはまた別の話.
例えばの話,理学が好き,こんなに楽しいものは他にないし,このためならどんな努力だってできる
と思ってたとしても(実際の職業選択とかよりはずっと単純化して話をするが),
一生理学の <勉強> だけして過ごすのを僕は望むのだろうか.
こんな事言うと怒られるかもしれないけれど,ある意味それってものすごく身勝手な生き方なのかも.
少なくとも僕にとっては,ある程度まではそう.
学問上の成果っていうのは,ある人の言葉を借りれば「神様にはわかってること」.
意識としては,どれほど独創的な成果であったとしても,
「僕(または他の誰でも)がそのことをやらなかったとしても,いずれ誰かによってそれはなされる」
と思ってる.真実は一つで,彼らが求めているのは真実に他ならないから.
だとすればやっぱり,僕にとっては,
学問とかそれらもそれ自身のためにすることは結局できなくて自分自身ひいては《君》の幸せが目的になってしまう程度なのかも (元tweet)ってこと.だとすれば,学問それ自体に一生を捧げることは,恐らく僕にはできない.だとすればね.
もうなんというか今更感がひどいけど,これから.
お風呂の中ではもっと話は進んだけれどお風呂から上がって湯気に霞んでしまった.
あんまり長く書くのもねー.
文章書いてて面白いのは書いてる内容に自分が影響されること.
最初にお風呂でふわふわ考えてたことを写してみようと思っても,
文章にしていくうちに,ここでまた考えが少しずつ逸れていく.
それは自分の内面の別の部分が出てきてるのか,書いてるうちに新しくできた部分なのか,
は知らんけど,まあ,面白い.
お風呂上りにちょっと面白そうやったから,
bbc.co.uk からの A Point of View: Why didn't Harry Potter just use Google?
という記事を読みかけたけど,喉が渇いてたのに気がついて水を飲みに立ったら集中力が切れて
そのまま8割くらいのところで止まっている.また読もう.
「もの」を「ひと」に変えるとまたちょっと組み立つべき話が変わるだろう.
ついでに「違う」とか書いたのは無論,「一般的に等しいわけではない」ということで,
両者が一致する幸せなパターンも,存在する.多分.
Thursday, 5 January 2012
distraction
基本的にあまり興味持ってないレポート(課題自体であれ,それを提出という形にまとめる作業であれ)
を書くときにありがちなパターンで,その課題の近傍にあるものに興味を持ってしまい,
そっちにぐいぐい時間割いて結局書くのが滞る,という.
まあ,興味のあるレポートであれば,それ自体いろいろ調べたり書体とか組版こだわったりして
それはそれでレポート書くのが滞ることもあるのだけれど.
一番捗るのは,ある程度興味のある分野について,課題が出てからしばらく脳のどっかで考えてて,
だんだん筋が決まっていって,ああ,これとこれこう組み合わせたらいいわってなって
(このとき何かが降りてくる感じがすることもある),
だーって書いていく時ですかね.
余談ながら,レポートとか組み立てるときに,脳内でどんな考え方してるか,ってのは結構人によって違うらしい.
この前友人と話してて結構面白かった.
僕の場合は,だいたい脳内に思考のブロックがいくつも浮かんでて,
しばらく色々ブロックを創りだしてまた周りに浮かべ,時々触ったり弄ったりして遊びつつ,
そのへんのブロックのこれとこれをこう積めばいい形になるな,みたいな感覚から
全体像を作っていくっていう感じが多い.
イメージ的には粘土と言うよりは積み木ですね.
閑話休題.ていうかレポート書かな.
今日のそうした distraction は,化学実験レポートについて.
いま定量実験やってるんやけど,その中で測定値の標本標準偏差とか変動係数とか出さなあかんくて,
どうも Excel では predefined なのでさっと見つからなかったので,いっそ scilab に.
折角なので,省入力のためにも,値を入れていけば最後に一気に出してくれるように関数を作る.
データは enter で一個ずつ入れていき,最後には %i (虚数単位) を入れればプログラムが進む.
以下 .sce ファイル.例によって私用以外の利用,
或いは結果もしくはプログラム(これ,もしくはこれに基礎を置くもの)の無断での公開はやめてください.
……まあ,この程度のプログラムでそんなんする人もいないでしょうが.
ちなみに元気そうに見えてちょっと自暴自棄です.
を書くときにありがちなパターンで,その課題の近傍にあるものに興味を持ってしまい,
そっちにぐいぐい時間割いて結局書くのが滞る,という.
まあ,興味のあるレポートであれば,それ自体いろいろ調べたり書体とか組版こだわったりして
それはそれでレポート書くのが滞ることもあるのだけれど.
一番捗るのは,ある程度興味のある分野について,課題が出てからしばらく脳のどっかで考えてて,
だんだん筋が決まっていって,ああ,これとこれこう組み合わせたらいいわってなって
(このとき何かが降りてくる感じがすることもある),
だーって書いていく時ですかね.
余談ながら,レポートとか組み立てるときに,脳内でどんな考え方してるか,ってのは結構人によって違うらしい.
この前友人と話してて結構面白かった.
僕の場合は,だいたい脳内に思考のブロックがいくつも浮かんでて,
しばらく色々ブロックを創りだしてまた周りに浮かべ,時々触ったり弄ったりして遊びつつ,
そのへんのブロックのこれとこれをこう積めばいい形になるな,みたいな感覚から
全体像を作っていくっていう感じが多い.
イメージ的には粘土と言うよりは積み木ですね.
閑話休題.ていうかレポート書かな.
今日のそうした distraction は,化学実験レポートについて.
いま定量実験やってるんやけど,その中で測定値の標本標準偏差とか変動係数とか出さなあかんくて,
どうも Excel では predefined なのでさっと見つからなかったので,いっそ scilab に.
折角なので,省入力のためにも,値を入れていけば最後に一気に出してくれるように関数を作る.
データは enter で一個ずつ入れていき,最後には %i (虚数単位) を入れればプログラムが進む.
以下 .sce ファイル.例によって私用以外の利用,
或いは結果もしくはプログラム(これ,もしくはこれに基礎を置くもの)の無断での公開はやめてください.
……まあ,この程度のプログラムでそんなんする人もいないでしょうが.
色も変えてみる新しい試み.//5th Jan 2011 //Mutsuteru, who is tweeting @exumbra_insolem and the author of this blog //all rights reserved. function chemical global result meanvalue stdCoV; result=[]; while 1 result($+1)=input("VALUE? INPUT %i TO FINISH.") if result($)==%i then break; end end result($)=[]; meanvalue=mean(result); disp("THE MEAN"); disp(meanvalue); std=st_deviation(result); CoV=(std/meanvalue)*100; disp("THE SDAMPLE STANDARD DEVIATION IS"); disp(std); disp("THE COEFFICIENT OF VARIATION IS (IN PERCENT)"); disp(CoV); endfunction
ちなみに元気そうに見えてちょっと自暴自棄です.
Wednesday, 4 January 2012
lol
因みにさっきの書きながら
「語り」とかみたいに連用形の名詞用法を定義も何もせず文脈から強引に導入すると文体がそれっぽく()なる
なぁ,って思ってた.こういうの意識しつつ書くと妙なたのしさが加わる.
「語り」とかみたいに連用形の名詞用法を定義も何もせず文脈から強引に導入すると文体がそれっぽく()なる
なぁ,って思ってた.こういうの意識しつつ書くと妙なたのしさが加わる.
untitled
「語りえぬことについては,沈黙しなくてはならない.」
そして,あることを語ることそれ自体が意思表示であり,
語ること,は,内容の他にもう一つの語りを持っている,わけだ.
語らない,ということはしばしば見過ごされて,
言語化されないまま流れ落ちていく多くの感情は,本人にさえ振り返って見落とされることがある.
一つには多分,発話という event として知覚されないから.
で,それと認識されないまま流れ去ってしまった昔自分と共にあった物事はしかし,
自分のそばに空いた棚だけを残していって,それはなぜか,時々目に映る.
いずれにせよ語らないこともそれ自体が語りを持つだろうことには違いがなくて,
聞き取られない語りは静かに沈殿していく.
語りは本来聞き取られるべくして生まれたもので,
この聞き取られないための語り,という矛盾した存在を掬うために,日記が登場する.
これこれの語りは,語られなかった,という語り.
無論日記はそれだけではないけどねー.
そして自己はこうした部分に対しては充分に他者ではないから,
自分に宛てたものではありながら,或いは表向き他者への方向を想定していないのにもかかわらず,
可能的に(どうでもいいけど英語の possible 周りの単語の彩りは時に大変使い心地がいい)
他者の存在を意識出来る媒体が用いられるようになる.
follower の殆どない鍵 account とか, @null のtweet とか,
或いは読者と筆者の繋がりを明示的にしない blog (ある種の運営形態にある)とかが
居心地がいいのは,こういう感じかなぁ.
で 今日の僕が何を語らなかったのか.
ふふ,それこそ語らない.
そして,あることを語ることそれ自体が意思表示であり,
語ること,は,内容の他にもう一つの語りを持っている,わけだ.
語らない,ということはしばしば見過ごされて,
言語化されないまま流れ落ちていく多くの感情は,本人にさえ振り返って見落とされることがある.
一つには多分,発話という event として知覚されないから.
で,それと認識されないまま流れ去ってしまった昔自分と共にあった物事はしかし,
自分のそばに空いた棚だけを残していって,それはなぜか,時々目に映る.
いずれにせよ語らないこともそれ自体が語りを持つだろうことには違いがなくて,
聞き取られない語りは静かに沈殿していく.
語りは本来聞き取られるべくして生まれたもので,
この聞き取られないための語り,という矛盾した存在を掬うために,日記が登場する.
これこれの語りは,語られなかった,という語り.
無論日記はそれだけではないけどねー.
そして自己はこうした部分に対しては充分に他者ではないから,
自分に宛てたものではありながら,或いは表向き他者への方向を想定していないのにもかかわらず,
可能的に(どうでもいいけど英語の possible 周りの単語の彩りは時に大変使い心地がいい)
他者の存在を意識出来る媒体が用いられるようになる.
follower の殆どない鍵 account とか, @null のtweet とか,
或いは読者と筆者の繋がりを明示的にしない blog (ある種の運営形態にある)とかが
居心地がいいのは,こういう感じかなぁ.
で 今日の僕が何を語らなかったのか.
ふふ,それこそ語らない.
Thursday, 22 December 2011
untitled
只今微積(二限連続)の休み時間.
今日気がついたけど, blogger って follow とか public profile とか色々あって,
実際それがどんな感じで動くのかよくわからないけれども,
割合 google + と両方使うのを想定してできてるサービス類が入ってそうな感じ…なのかな?
google + についてはよくわからないままで,これを機にちょっと始めてみるのもいいのかも.
SNS系って全体に「何ができるのかはっきりしないなぁ」っていう状態が続くことが多い気がする.
facebook も周りが結構やってるっぽくて,はじめてみてもええかなぁと思ってるけど
どうなんかなーってままずるずる来てる.
ある意味 blogger から google + に参入するとか google の思う壺ですよねーww
まあ,ええけど.
follow とかの仕組みを少し今日知った,というのは, twitter でのお友達(といっていいかな……)が
blog を始めはったらしく,そのあたりの関係ですねー.機会があれば勝手に宣伝します.
いや,今やってもいいけどさ,なんかある程度形ができてからのほうがやりやすい気がする.
今日気がついたけど, blogger って follow とか public profile とか色々あって,
実際それがどんな感じで動くのかよくわからないけれども,
割合 google + と両方使うのを想定してできてるサービス類が入ってそうな感じ…なのかな?
google + についてはよくわからないままで,これを機にちょっと始めてみるのもいいのかも.
SNS系って全体に「何ができるのかはっきりしないなぁ」っていう状態が続くことが多い気がする.
facebook も周りが結構やってるっぽくて,はじめてみてもええかなぁと思ってるけど
どうなんかなーってままずるずる来てる.
ある意味 blogger から google + に参入するとか google の思う壺ですよねーww
まあ,ええけど.
follow とかの仕組みを少し今日知った,というのは, twitter でのお友達(といっていいかな……)が
blog を始めはったらしく,そのあたりの関係ですねー.機会があれば勝手に宣伝します.
いや,今やってもいいけどさ,なんかある程度形ができてからのほうがやりやすい気がする.
Wednesday, 21 December 2011
untitled
ふとした思いつきから,字を全部白にしてみる.
そして「おおっ白い背景から文字がっ」というワクワク感を裏切って,
全く大したことのない内容を書き連ねてみよう.
明日は曇~晴れの予報.朝は3度くらいまで冷え込むらしい.
布団の気持ちいい季節.
夏のかわいたシーツのさらっとしてるのも好きやけど.
それぞれの季節のそれぞれの感触が,強烈な季節ごとの歓びみたいな ものをもってきてくれますね.
寒さといえば,ちょっと前,学校からチャリで帰ってたときやから18時過ぎ,
柔道着だけ着た小学生くらいの子供が自転車でぴゅーっと走ってて,
高校の時のことを思い出したかというとそうでもなく(後からおもいだしたけど),
寒そうやったね.本人元気そうやったけど.
多分今日を悔いて明日に期待するのを,昨日を反省して今日を生きるようにかえれば,
色々とよいように変わる,という気がする.
そういえば昔の修道院の人らはやはり暇だったようで,
科学の歴史見てみるといろんなところで修道院 の人らが何かと発見してる.
結構平和で幸せな暮らしをしていたのではないかな.
まとまりのないことをまとまりなく書くのは結構楽しいものでございますようで.
Thursday, 15 December 2011
Ngram Viewer
twitter 経由で,面白いものを見つけた.
google が google books の近傍で提供しているサービス, Ngram Viewer .
詳しい説明はここにあるが,一部抜粋すると
それぞれの中でのパーセンテージを示してくれるようだ.
これは際限なく遊べるツール.表現の趨勢とかを見るのも楽しいし,実利的にもなるかも.
Soviet Union とか見たらばっちりソ連の成立の辺りからぐぐぐっと持ち上がってる.
corpus も色々から選べるから,例えば有名どころで,
携帯電話をいう言葉を英と米で比較するとくっきり違いが見える(以下,画像はすべてこのサービスのキャプチャ).
いやほんとに面白くてもう(((
大文字と小文字は区別されるので.empire と Empire を検索してみると,
こんな感じになって,empire が廃れてる雰囲気がある.
一般名詞としての empire から,固有名詞,歴史用語的なEmpire に移っていったのかもしれぬ.
他にも色々遊んだけどあんまり一辺に出すのもアレなので,一旦こんなもんにしよう.
ただ無論色々良く考えて使わないと,あくまで全体のなかの割合,やから,
他の分野の言葉がだだっとふえたら その分相対的に量は減って見える.
書くのめんどくさいけどまあ,他にも沢山「ついつい陥ってしまいそう」な誤解はありそうだから,
きちんと頭を働かせながら利用していきたいところ.
しかしほんとに面白いなぁ.
電子辞書があれば前から順に繰っていっていくらでも時間潰せるタイプなので, なんとも楽しくて嬉しい.
google が google books の近傍で提供しているサービス, Ngram Viewer .
詳しい説明はここにあるが,一部抜粋すると
When you enter phrases into the Google Books Ngram Viewer,1 単語で出来てるのは unigram, 2 単語なら bigram 一般には n-gram と呼んで,
it displays a graph showing how those phrases have occurred in a corpus of books
(e.g., "British English", "English Fiction", "French") over the selected years.
それぞれの中でのパーセンテージを示してくれるようだ.
これは際限なく遊べるツール.表現の趨勢とかを見るのも楽しいし,実利的にもなるかも.
Soviet Union とか見たらばっちりソ連の成立の辺りからぐぐぐっと持ち上がってる.
corpus も色々から選べるから,例えば有名どころで,
携帯電話をいう言葉を英と米で比較するとくっきり違いが見える(以下,画像はすべてこのサービスのキャプチャ).
![]() |
| 上がBritish,下がAmerican. |
いやほんとに面白くてもう(((
大文字と小文字は区別されるので.empire と Empire を検索してみると,
| 赤がEmpire,青がempire |
こんな感じになって,empire が廃れてる雰囲気がある.
一般名詞としての empire から,固有名詞,歴史用語的なEmpire に移っていったのかもしれぬ.
他にも色々遊んだけどあんまり一辺に出すのもアレなので,一旦こんなもんにしよう.
ただ無論色々良く考えて使わないと,あくまで全体のなかの割合,やから,
他の分野の言葉がだだっとふえたら その分相対的に量は減って見える.
書くのめんどくさいけどまあ,他にも沢山「ついつい陥ってしまいそう」な誤解はありそうだから,
きちんと頭を働かせながら利用していきたいところ.
しかしほんとに面白いなぁ.
電子辞書があれば前から順に繰っていっていくらでも時間潰せるタイプなので, なんとも楽しくて嬉しい.
Sunday, 11 December 2011
Laputa language
これ.TL 上のさくら / くるーど さんが例によって面白そうなことを言っておられる,と思って
そのうち誰か togetter に載せてくれるだろうなと思っていたら素晴らしいまとめになっていた.
面白そうやなと再び思って色々みてみたり,
海外の言語クラスタはどんなこといってるのかなとか思って英語と(盛大に背伸びして)仏語で検索かけたり.
やってたらいつの間にか 1 時間経ってて実際こんな事してる場合じゃない.
なんか,語学クラスタになりたいっていっても罰が当たらない程度にはなりたいなぁ.
今やる気のある講義トップ 3 が 仏語線形代数政治学っていうよくわからない状況になってるけど,
やっぱり語学は楽しいなーって.
色んな言葉をしっかり学びたい.まずは仏語やけど,自分でちゃきちゃき手を出して勉強して,
したいし,したいならしたいって言ってるだけじゃなく,しないといけません.
そのうち誰か togetter に載せてくれるだろうなと思っていたら素晴らしいまとめになっていた.
面白そうやなと再び思って色々みてみたり,
海外の言語クラスタはどんなこといってるのかなとか思って英語と(盛大に背伸びして)仏語で検索かけたり.
やってたらいつの間にか 1 時間経ってて実際こんな事してる場合じゃない.
なんか,語学クラスタになりたいっていっても罰が当たらない程度にはなりたいなぁ.
今やる気のある講義トップ 3 が 仏語線形代数政治学っていうよくわからない状況になってるけど,
やっぱり語学は楽しいなーって.
色んな言葉をしっかり学びたい.まずは仏語やけど,自分でちゃきちゃき手を出して勉強して,
したいし,したいならしたいって言ってるだけじゃなく,しないといけません.
Tuesday, 6 December 2011
bible
聖書(僕は特定の宗教の信者ではない),は,単純に文献として読むと非常に面白いのだけれど,
どうしても宗教を背景に読まれてしまいそうで,なかなかこういう場で書けない.
そもそもある人々にとっては聖なる書であるものを,こういう形で読んでいいものか,というのはある.
幼稚園がキリスト教系で,「かみさま」への素朴な信頼とかはあったし,
神社に行けばなんとなく畏まり,お守りを頂いたり,仏壇の前では手を合わせ,といった風に,
いわゆる「日本人らしい」かたちの信仰心のようなものはあるから,
そういうのに無理解である積りはないのだけれど.
聖書の中の話には幾つか類型があって,とか,色々な単位が使われているけど,とか,
文面通り読むと聖書の中で不整合な部分が見つかる,とか,
あるいはこの箇所はなぜこのような形で書かれたのだろうか,とか(書き手がどのようなものであるかは別にして),
話すと面白いことは沢山あるのだけれど,なんか気兼ねなく書きづらいよなぁ.
現実世界で話を振られたら色々喋りますよ←
どうしても宗教を背景に読まれてしまいそうで,なかなかこういう場で書けない.
そもそもある人々にとっては聖なる書であるものを,こういう形で読んでいいものか,というのはある.
幼稚園がキリスト教系で,「かみさま」への素朴な信頼とかはあったし,
神社に行けばなんとなく畏まり,お守りを頂いたり,仏壇の前では手を合わせ,といった風に,
いわゆる「日本人らしい」かたちの信仰心のようなものはあるから,
そういうのに無理解である積りはないのだけれど.
聖書の中の話には幾つか類型があって,とか,色々な単位が使われているけど,とか,
文面通り読むと聖書の中で不整合な部分が見つかる,とか,
あるいはこの箇所はなぜこのような形で書かれたのだろうか,とか(書き手がどのようなものであるかは別にして),
話すと面白いことは沢山あるのだけれど,なんか気兼ねなく書きづらいよなぁ.
現実世界で話を振られたら色々喋りますよ←
Sunday, 27 November 2011
thanks
なんというか,今書いてて思ったけど,
「ありがとう」っていうし,それは確かに素敵な言葉やと思うけど,
でも,なんか,こう.
変な違和感あるなぁ.たまに.
ありがとう は,感謝の表現ではあるけど,いろんな文脈で使えるし,
実際心のなかでありがとうと叫ぶようなことはたくさんある.
その気持ちも大切なものだと思う.
しかし,だからこそ,何かにつけてありがとうっていってしまって,
ありがとうという言葉が,感謝とか,そういうたくさんの気持ちの単なる符牒になってないか.
言語は記号.大いに結構.でもそれにも粗さの別があるだろう.
もっと伝える努力を.きめ細かな言葉を.
ありがとうがゲシュタルト崩壊始めたあたりでやめておこう.
そもそも今そんな何か考えられるような脳のコンディションにはない.
「ありがとう」っていうし,それは確かに素敵な言葉やと思うけど,
でも,なんか,こう.
変な違和感あるなぁ.たまに.
ありがとう は,感謝の表現ではあるけど,いろんな文脈で使えるし,
実際心のなかでありがとうと叫ぶようなことはたくさんある.
その気持ちも大切なものだと思う.
しかし,だからこそ,何かにつけてありがとうっていってしまって,
ありがとうという言葉が,感謝とか,そういうたくさんの気持ちの単なる符牒になってないか.
言語は記号.大いに結構.でもそれにも粗さの別があるだろう.
もっと伝える努力を.きめ細かな言葉を.
ありがとうがゲシュタルト崩壊始めたあたりでやめておこう.
そもそも今そんな何か考えられるような脳のコンディションにはない.
Friday, 25 November 2011
blogger, livedoor, and more
そういえばどうしてわざわざ blogger に乗り換えたのかという話はあって,
livedoor のやつもまだ残ってるのになあ.
別のを作ったのは前とは雰囲気変えたかったからでしょうね.
最初の時も書いたけど肩の力抜いて,的な.
blogger にしたのは,ひと月ほど前にとある事情で若干触ったことがあって,
その時の interface が気に入ったから.
さくっと書けるし(まあこれはどこもそうか),
全部英語にできるのも心地いい.
日本人で日本語で文章打ってるのになんでやねんって話やけど,
IE, firefox とか gmail とかずっと英語設定使い続けてるのでそれに馴染むし,
なんとなく,英語の音だけ写した日本語ってのには時々違和感がある.
表記ゆれの問題もあるしね.
この話は「シンプル」とか普通に片仮名で使う辺り全然一貫してへんのやけどね.
(関係ないが,windows 7 になって「新しいフォルダ」が「新しいフォルダー」になったのは許せない).
あと線の密度の変化が大きいぶん,背景として眺めるには日本語の文字は
ちょっと自己主張が強いような気もしてる.
まあこれは,母語としての日本語は直ちに情報を持って迫ってくるという話かもしれないが.
すっきりしてるのもよい. livedoor の最初の画面がごてごてしすぎているのです.
今思うと,広告が入らないのも大きいと思う.
広告の文字列はやっぱりどこか騒がしくて,
そういうのに邪魔されずに書いていけるのは,特に自分用メモという側面もあるなら
嬉しいことです.
体裁や方針としてこの形ができあがったのは多分いろんなものが影響してて,
一つは twitter .あとは
@_popopopoon_ さんの 海苔の佃煮 ,
@mankin_jp さんの まんきん部屋
あたりがあるような気がします.
内容の話とは全く関係なく,なんかこういう雰囲気いいな,みたいな感じ.
livedoor のやつもまだ残ってるのになあ.
別のを作ったのは前とは雰囲気変えたかったからでしょうね.
最初の時も書いたけど肩の力抜いて,的な.
blogger にしたのは,ひと月ほど前にとある事情で若干触ったことがあって,
その時の interface が気に入ったから.
さくっと書けるし(まあこれはどこもそうか),
全部英語にできるのも心地いい.
日本人で日本語で文章打ってるのになんでやねんって話やけど,
IE, firefox とか gmail とかずっと英語設定使い続けてるのでそれに馴染むし,
なんとなく,英語の音だけ写した日本語ってのには時々違和感がある.
表記ゆれの問題もあるしね.
この話は「シンプル」とか普通に片仮名で使う辺り全然一貫してへんのやけどね.
(関係ないが,windows 7 になって「新しいフォルダ」が「新しいフォルダー」になったのは許せない).
あと線の密度の変化が大きいぶん,背景として眺めるには日本語の文字は
ちょっと自己主張が強いような気もしてる.
まあこれは,母語としての日本語は直ちに情報を持って迫ってくるという話かもしれないが.
すっきりしてるのもよい. livedoor の最初の画面がごてごてしすぎているのです.
今思うと,広告が入らないのも大きいと思う.
広告の文字列はやっぱりどこか騒がしくて,
そういうのに邪魔されずに書いていけるのは,特に自分用メモという側面もあるなら
嬉しいことです.
体裁や方針としてこの形ができあがったのは多分いろんなものが影響してて,
一つは twitter .あとは
@_popopopoon_ さんの 海苔の佃煮 ,
@mankin_jp さんの まんきん部屋
あたりがあるような気がします.
内容の話とは全く関係なく,なんかこういう雰囲気いいな,みたいな感じ.
Thursday, 24 November 2011
the first post
以前, livedoor で blog 開設して,あっけなく挫折した.
多分読み手のこと考えたりしてたからじゃないかなーとか思ってる.
今回は,もっと,力を抜いて.
自分用のメモみたいな気分で行きます.
ちょうど scilab の勉強も始めたところだし,そういうののメモにも使えるかなぁ.
まあ,つらつら書いていこう.という第一回目.
頻度はまあ適当だろうな.一日何回かやることもあれば,一度もしない日も多いだろうし.
そんなかんじー
因みに address にした les guillemets っていうのは,
フランス語で "鍵括弧" みたいに使う « » のこと.
なんだか形が気に入ってる.
Les guillemets sont des signes typographiques de ponctuation. Leur principal usage est de mettre en exergue une expression, un terme ou une citation.
多分読み手のこと考えたりしてたからじゃないかなーとか思ってる.
今回は,もっと,力を抜いて.
自分用のメモみたいな気分で行きます.
ちょうど scilab の勉強も始めたところだし,そういうののメモにも使えるかなぁ.
まあ,つらつら書いていこう.という第一回目.
頻度はまあ適当だろうな.一日何回かやることもあれば,一度もしない日も多いだろうし.
そんなかんじー
因みに address にした les guillemets っていうのは,
フランス語で "鍵括弧" みたいに使う « » のこと.
なんだか形が気に入ってる.
Les guillemets sont des signes typographiques de ponctuation. Leur principal usage est de mettre en exergue une expression, un terme ou une citation.
---from fr.wikipedia.
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